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東京高等裁判所 昭和37年(う)24号 判決 1962年5月01日

被告人 李聖浩

主文

原判決中被告人李聖浩に関する部分を破棄する。

本件を東京地方裁判所に差し戻す。

理由

職権を以つて按ずるに、記録によれば、本件は原審において判事村松稲作を裁判官とする単独制裁判所により審理され、右裁判所は原審の昭和三十六年七月十三日の公判期日に被告人及び原審共同被告人裴大方、崔徳淇に対し判決を宣告し、右判決に対し被告人の弁護人から即日控訴を申立てたこと、並びに右判決について右裁判官の署名押印ある裁判書がなく、右判決宣告期日の公判調書の次に裁判官の署名押印はないがその他の点において判決書の形式的要件を具えた判決と題する文書に右公判期日の立会い書記官寺島市司が「裁判官村松稲作は死亡につき署名押印できない」と附記して署名押印したものが編綴されているに過ぎないことが認められるのであつて、以上の事実に徴すれば、右裁判官は判決書の草稿によつて前記判決の宣告をなしたうえ判決書をタイプライターで印刷させるため草稿を係員に交付したが、その印刷ができ上らないうちに死亡したためこれに署名押印することができなかつた、と推認されるのである。思うに判決の宣告は判決書の完成を待たずにその草稿によつてもこれをなし得るものではあるが、判決をした場合、調書判決書を以つて判決書に代えることができる場合(刑事訴訟規則第二百十九条)の外は、判決をした裁判官が判決書を作成しなければならないのであつて(同規則第五十三条第五十四条)この判決書を作成しないときは訴訟手続上の法令違反となるものと解すべきであるところ、判決書には「裁判をした裁判官が署名押印しなければならない。裁判長が署名押印することができないときは他の裁判官の一人がその事由を附記して署名押印し、他の裁判官が署名押印することができないときは裁判長がその事由を附記して署名押印しなければならない」(同規則第五十五条)のであつて、この手続の完了を待つて初めて判決書が裁判官の作成した判決書として成立するものと言うべきであり、合議制裁判所の裁判官全員或は単独制裁判所の裁判官が判決書に署名押印することができない場合には、その措置につき何等の規定がなく、従つて判決書が裁判官の作成した判決書として成立するに由ないものと解さざるを得ないのであり、たとえ判決をした裁判官が判決書の草稿を作成しその草稿によつて浄書又は印刷された文書ができたとしても、更にまたこのような文書に判決宣告期日の公判に立会つた裁判所書記官が裁判官が署名押印することができない事由を附記してその文書が宣告された判決の判決書であることを認証したとしても、これを以つて裁判官の作成した裁判書或はこれに代る効力を有するものとなすことはできないのであるから、結局本件につき原審は法令によつて要求されている判決書の作成をしなかつたものとして訴訟手続に法令の違反があると言わざるを得ないのである。而して控訴審は事後審であつて第一審判決の当否を審判の対象とし、従つてその内容を調査検討しなければならないのであるが、判決の内容はその判決をした裁判官が作成した判決書に基かなければこれを詳かにすることができないのであるから、第一審判決に対し控訴があつた場合、その適法な判決書が作成されていないという訴訟手続上の法令違反は、判決の実体的形成過程における訴訟手続の法令違反ではないにしても、控訴審における審判を不可能とする結果を招き、結局判決に影響を及ぼすことになるのであるから、その第一審判決は控訴審において破棄を免れないと言わなければならないのであつて、本件の原審判決は、これにつき適法な判決書が作成されていないこと前述のとおりであり、これに対し控訴の申立があつた以上、上述の理由により当審においてこれを破棄しなければならないのである。

よつて、本件の控訴趣意に対する判断を省略し、刑事訴訟法第三百九十七条第一項第三百七十九条により原判決を破棄し、同法第四百条本文により本件を原裁判所に差し戻すこととする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 兼平慶之助 斎藤孝次 関谷六郎)

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